”一人交換日記”

ナジャ 220頁から

 

『(前略)…恐れである。夜と闇 にたいする恐れ、死にたいする恐れ、自然の猛威や、動物をもふくめた外敵にたいする恐れ、それらのさまざまな恐怖を、人間はしだいに合理精神や科学の助けをかりて克服してきた。電燈のあかりによって昼間を延長し、医薬の助けによって死を遠ざけることができた。しかし夜や死が完全に消滅したわけではない。合理精神の未発達な、したがって想像力の湧きたっているわれわれの幼少年時代にあっては、夜の世界のもつさまざまな属性は、すべてはげしい恐れをかきたてた。錯乱状態におちいったナジャは、しばしば幼な児のような激しい恐怖につらぬかれて叫ぶ。そのような時ナジャは、かたわらにいるブルトンの目には見えない或る世界を見るのだ。おそらくそのような世界は実在するのだろう。ただ合理精神にのみ頼って、真に見る能力を奪われ
ている正常な人間には見えないだけである。』