”一人交換日記”

2018/8/4 橋本記憶集めの旅

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記憶がないことに定評のある私、記憶集めの旅そのnに出る。

中学生まで住んでいた橋本を歩く。

今日は七夕祭り。大きな飾りが風に揺れる。お囃子の音。あの太鼓叩いてみたいっていつも思っていたなあと思い出す。

 

橋本元サティ、現イオン、一階フードコート。

意外と全然変わってない。マックもはなまるも銀だこもそのままだ。

からあげ専門店の定食を食べる。結構美味しいしボリュームがある。

 

15:00

フードコートを後にし、通っていた小学校へ向かう。

意外と変わらない街並。学校もまた、あまり変わっていなかった。記憶の中の風景が、重なる。ここがいまも実在しているということが、なんだか不思議に思えた。わたしの記憶の中にしか存在しないように感じていた。あれは夢だったと。

校舎を見返すと、あの廊下ですきな子の名前をバラされて恥ずかしい思いをしたとか、このブランコを巡って上級生と毎日摩擦を繰り返していたとか、この下駄箱の外の花壇の裏にわたしのお気に入りのピンクの長靴がドロドロになって投げ出されていたとか、あの教室に入れないように"しゅうじくん"に締め出されて泣いたとか、なんだかしょっぱい思い出がいっぱい思い出されるけど笑、でもそれも過去なんだなあと、この場に来て初めておもう。わたしはもうそこにはいない。同じ時を過ごした彼らも。

屋外プールの水面が陽の光を受けてきらめくのがやっぱり綺麗。このプールも極寒の中溺れそうになったプールだけれど、笑

この池はオタマジャクシが泳いでいた、あの藤棚みたいなのは実はキウイの棚なんだとか、かわいい絵の書かれたコンクリートの壁の裏で持久走で喘息起こしたときこっそり休んでたなとか、四年生のときできたプレハブ校舎まだ使ってんのとか、放送委員会つぶすぞって圧力かけられてたけど放送室もマイクもまだあったとか朝や給食どきのアナウンスするのすごくすきだったなあとか、あの畑ではこおろぎをひたすら追いかけてたとかその隣の道路で初めて田中ちゃんとしゃべってちょっと仲良くなれたとか、ひとつひとつの場所見るたびに、その""での記憶が蘇る。まさに失われた記憶拾い。

 

どこでも嫌わられてたとかいじめられてたとかも、結局ネガティブな記憶ばかりがハイライトされているだけのことなんだろうな。ここに来ただけでこんなにいろいろ記憶が呼び戻されるとは。想像以上だった。

 

そのあとゆっくり歩いて小学校高学年まで通ったスポーツクラブへ。ここも結構、全然変わってない。学童の建物、体育館。受付のおばちゃんはいなくて、というか受付の部屋はなくなっててぶち抜きになっていた。トランポリンの位置とかも変わってないし、全体的に見取りもあんま変わってない。壁にかかった中国風の絵、バンビの絵、野外お茶会を描いた西洋絵画的な絵もそのまんまだ。事務室に寄ってみると、私がいたときのコーチはもうみんないないという。当たり前だ、15年も前のことなのだから。でもちょっと会いたかったな、鈴木先生。連絡の取り方でも聞けばよかったかな。

歩いて数分とない幼稚園へ。ここからみんなで列を成してスポーツクラブへ歩いていったなあ。ステンドグラス越しに差す光が美しい、ロビーがすきだったな。園庭広い。さすが"台風娘"の私が駆け回るに十分と親が判断しただけのことはある。遊具はあんま覚えないけど、幼稚園のロゴは懐かしかった。

 

歩いて駅に戻る。ミウィの6階は3階分くらいぶち抜きでガラス張りになっていて私はこっそりビルボードライブ東京にすこしだけ似てると思っている。笑 まったり座れて良い感じ。突如はじまったハワイアンな演奏はベースだけ違う調を弾いてて宇宙空間に投げ出される。。明日電車で聴く音楽をSpotifyでローカルに落とす。

再び降りて神明神社へ向かう。七夕祭りの中心地(たぶん)。グチャ混み。人混み避けてジモピーならではの裏道を通る。お化け屋敷変わってないなー。ちょっと口論。祭楽しみたい気もするけどもう帰りたい気もする。結局昼食いすぎたのもあってなにも買い食いせず空気を楽しみ、駅へ帰る。